大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成2年(ワ)9071号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成二年一二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告に対して、金二二〇万円及びこれに対する平成二年一二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、警察官職務執行法(以下、「法」という。)三条一項一号に基づき泥酔者として保護された原告が、警察官から暴行を受けたとか、「でい酔」状態ではなかつたのに不当に長時間にわたり保護室に入れられたなどとして、大阪府に対し、国家賠償請求をしている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成二年一〇月一三日午後七時三〇分ころ(以下、「年月」は省略する。)から、大阪市天王寺区石ケ辻町一六番二〇号にある居酒屋「嘉鈍」(以下、「嘉鈍」という。)において飲食していたが、三〇分程度経過した午後八時ころ、山下貞文巡査長(以下、「山下」という。)及び前田豊典巡査(以下、「前田」という。)が同店内に入つて来た。午後八時一五分ころ、山下は、原告を同店外に連れ出し、そのまま同店から約二〇メートルの距離にある上本町派出所まで連れて行き、前田は、原告が所持していたナイロン製の手提げ袋を持つて、その後からついて行つた。その後、原告は、上本町派出所において所持品及び身体を調べられ、右山下らとともに、パトカーで天王寺警察署に向かつた。

2  天王寺警察署に到着した原告は、お茶を飲ませてもらい、同日午後八時三五分ころ、保護室に入れられた。

3  翌一四日午後二時ころ、原告は、保護室内の便器兼用排水口に大便をし、その後、その排泄物を、古新聞、ナイロン袋などで処理した。

4  原告は、同日午後二時二七分ころ、保護室から出された。

二  原告の主張

1  原告の飲酒量

原告は、一三日午後六時三〇分ころから約四〇分の間に、近鉄上本町駅の「上六ハイハイタウン」商店街地下一階の居酒屋「五十鈴商店」において、ビール大瓶一本、清酒一合半を飲んだが、原告の日頃の飲酒量は、ビール大瓶一本、清酒三合程度を適量としていることから、微酔いにも達していなかつた。次いで、同日午後七時三〇分ころから午後八時ころまでの間に、嘉鈍において、二合入りの清酒(正確には、一合半位しか入つていない。)を注文し飲んでいたが、まだ半分以上残つていた。

2  嘉鈍における暴行等

一三日午後八時ころ、山下及び前田が突然嘉鈍の店内に入つて来るや否や、原告に対し、「お前、何をしとるのか。すぐに金を払ろうて帰れ。」と一喝してきた。これに対して、原告が、「自分で注文した酒と付きだしを全部食べたら、金を払つて帰る。」などと反論し、更に、右山下及び前田の言動、さらには警察官の不祥事一般を咎めるなどの発言をしたところから、原告と山下及び前田との間で口論となり、午後八時一五分ころ、山下は、やにわに原告の背後から両手を後ろ手に捻り、腕が折れんばかりの暴行を加えた後、両手を後ろ手に捻り挙げたまま、背部を強引に押し、更には足で突き飛ばすなどして原告を店外へ連れ出し、そのまま上本町派出所まで連行した。

3  上本町派出所における暴行等

上本町派出所には、原告を連行した山下及び前田の外に今村政章巡査部長(以下、「今村」という。)外二名の警察官がいたが、今村は、原告の同意を得ることなく、強引に背広の上着を脱がせるとともに、両手を後ろ手に捻り挙げ、その間に、他の四人の警察官が、上着・ズボンのポケット及び手提げ袋から所持品を取り出して、机の上に放り出した。右所持品及び原告の対応からその身元が判明したのであるが、山下は、何らの説明もしないまま、「今から本署に行くんだ」と命令し、「逮捕の理由を言え」という原告の抗議も無視したまま、更に強引に両手を後ろ手にして捻り挙げて、原告をパトカーに押し込み、原告の両側に山下及び前田が乗り込んで天王寺警察署に向かつた。

4  天王寺警察署における暴行

天王寺警察署に到着してパトカーから降りるや否や、山下は、原告の正面から膝で急所を蹴り上げた。これにたまらず、原告がパトカーの席に戻ると、パトカーを運転していた「アサカワ」巡査が原告のネクタイを掴みざまこれを強く引つ張つたために、ネクタイは真二つに引き裂かれて首からはずれてしまい、「アサカワ」巡査はこれを路上に投げ捨てたので、原告は、涙を流しながら、「このネクタイを証拠品にするから」と抗議しつつ、これを拾い上げた。原告が、山下に対し、「逮捕の理由を言え。」と抗議すると、同人は、そのとき初めて、「お前は、泥酔者であるから、保護してやる。」と告げ、原告の抗議を無視して再度両手を後ろ手にして、そのまま同署三階の保護室に連行した。そして、原告は、同日午後八時三五分ころ、保護室に入れられた。

5  保護室内における措置

翌一四日午前八時三〇分ころ、二人の警察官が保護室の扉を三分の一ほど開け、原告の朝食とお茶を持つて来たと告げたが、原告が、「食べる前に自分にも洗顔をさせてくれ」と頼んだところ、二人の警察官はこれを無視したのみならず、かえつて、「おー、飯はいらんのか。」といつて、すぐさま朝食を持ち帰つてしまつた。同日午後一二時ころ、一人の巡査が保護室に来て、原告に対し、「今から出してやる。」と言つたのに対し、原告が、「顔も洗わせず、朝食もくれず、今まで留置したことは、人権蹂躙も甚だしい。」と抗議すると、「お前は態度が大きいからだ」と言つたまま立ち去つた。それから三〇分程経過したころ、原告は、便意を催したので、大声を出し、扉を蹴つて叩くなどして看守に連絡をとろうとしたが、これを無視されて何らの応答もないために、やむなく室内において屈辱的な排便を余儀なくされた。その後も、原告は昼食も与えられなかつたために、空腹、喉の乾きなどを訴えるために扉を叩いたところ、二人の看守がやつて来て、「そろそろ出してやろうか。」と言われ、同日午後二時二七分ころ、釈放された。

6  原告の蒙つた損害 金二二〇万円

(一) 以上のような警察官による暴行及び次の事実を斟酌するならば、原告の蒙つた精神的苦痛を償う慰謝料としては、金二〇〇万円が相当である。

(1) 傷害

原告は、一五日に医師の診断を受けたところ、外傷性背部腰部両上肢疼痛及び右肘部擦過傷(一センチメートル×一センチメートルの不整形)の傷病により、加療約一週間を要すると診断された。

(2) 本件当時、原告が着用していたネクタイ、ブレスレット、純金製のカフス釦の破損及びバッチ(二個一組)の紛失。

(3) 「でい酔」していないのにされた違法な泥酔者保護措置及びその拘束時間の長さ、保護室内での措置の不当性により、原告の人格は著しく傷つけられ、同時に、その名誉も侵害された。

(二) 弁護士費用 金二〇万円

7  被告の責任

原告に対して前記のような暴行及び違法な泥酔者保護措置を採つた警察官は、いずれも被告の公権力の行使にあたる公務員であり、その職務を行うについて故意に前記行動に出たものであるから、被告は、国家賠償法一条の規定に基づき、原告に対し、その蒙つた前記損害を賠償する義務がある。

三  被告の主張

1  嘉鈍における原告の状況

山下及び前田は、一三日午後八時ころ、上本町派出所を訪ねてきた一般通行人から、「今そこの嘉鈍という店で喧嘩をしている。」旨の申告を受けて同店に駆けつけたところ、原告が、同店の客と胸倉を掴み合うような状態で激しく口論しており、同店の店主からも、「入店当初からかなり泥酔のうえ大声を出し、他の客にも迷惑をかけている。」旨の申告を受けたので、山下が原告を制止しようとした。ところが、原告は、足元をふらつかせながら、山下に対し、暴言を吐き、胸をついたり、足蹴りなどをするため、山下は、このままでは自傷他害のおそれが極めて強いと考え、泥酔者として保護するため、原告を後方から抱え込むようにして上本町派出所へ同行した。

2  上本町派出所における状況

上本町派出所においては、今村が対応したが、原告は、説得にも応じず、机を叩きながら、「何故逮捕するのか、バカヤロー。」などと罵声を発してからみ、泥酔者特有の言動に終始していた。そこで、派出所内での保護には限界があることから、天王寺警察署で保護することとしたが、原告は、喚いて、今にも暴行を加えるような気配を示したので、警察官二名が原告の両脇を支え持つて所持品検査を行つた。

3  天王寺警察署における状況

同署に搬送するに際しては、原告が罵声を浴びせたり、暴れたりするために、山下及び前田が原告の両腕を押さえるなどし、また、保護室入室に際し、原告は、同署二階踊り場にて急に、「逮捕するんか。」と大声をあげ反転したため、山下が、咄嗟に原告の腰に抱きついて、そのまま保護室前まで同行し、一三日午後八時三五分ころ、保護室内に保護した。

4  保護室内における措置

原告は、保護室内において、身体を海老の様に折り曲げて眠つていたが、翌一四日午前一時三〇分ころ、扉を叩いて、「おーい、おーい。」と叫んだので、大輪義美巡査部長(以下、「大輪」という。)が同室内を覗いたが、原告は、同様な姿勢で眠つていて異常はなかつた。同日午前七時四五分ころ、原告に朝食とお茶を支給したところ、同人は、「何でこんな所に入れるんや。」と喰つてかかり、立ち上がろうとしたが、足元がふらついて立ち上がれず、その約五分後に、再び食事を勧めたが、「何で俺を逮捕、勾留するのか、顔を洗わせろ。」などと大声で喚き、ふらついて、酒の臭いをさせながら、床を這うようにして外に出ようとするが自力で立ち上がれず、一人で洗面ができない状態であつたので、食事を引き上げた。その後、原告は、腰に毛布をかけて眠つていたが、同日午後〇時一五分ころ、昼食を支給すると、座つたまま、「こんなもん、食べられるか、いらん。」と言つて手をつけないので、暫くして昼食を引き上げたが、依然酒の臭いは強いままであつた。同日午後二時ころ、道祖浩巡査部長(以下、「道祖」という。)は、原告から、「便所をしたい。」との申し出を受けたので、保護室内にある便器兼用の排水を使用するよう伝えたが、約一〇分後に保護室内の様子を見たところ、小用ではなく、脱糞があることを認めた。そこで、道祖が、原告に対し、保護室内の排泄物の処理を、古新聞、ナイロン袋などを渡して依頼すると、素直にこれに応じてこれを処理していたが、その際の原告の動静を見ると、しつかりしており、酔いが醒めていると認められたので、同日午後二時二七分ころ、保護を解除した。

四  争点

1  原告は、保護開始当時、「でい酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす虞のある者」(法三条一項一号)といえる状態であつたか否か(被告の主張1ないし3)。

2  保護開始当時ないし保護継続中に、警察官が、原告に対し、暴行を加えたり、不当に処遇したという事実はあつたか否か(原告の主張2ないし5)。

3  原告が保護を解除されるまで、保護の必要性が継続していたか否か(原告の主張5、被告の主張4)。

4  原告の蒙つた損害の額(原告の主張6)。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(一) 嘉鈍における原告の言動

山下及び前田は、一三日午後八時ころ、上本町派出所で勤務していたところ、通行人から、「そこの飲み屋で大喧嘩をしてまつせ。」との申告を受けたので、同派出所の南約二〇メートルの距離にある嘉鈍に向かうと、店内から大声で口論しているような声が聞こえた。店内を覗くと、原告と客の一人が、胸倉を掴み合うような状態で立ち、大声で激しく口論していたので、前田が二人の間に入り、「どうしたんですか。」と二人を引き離そうとすると、原告は、「なんじゃポリ公、お前らに用はない、帰れ。」などと大声で怒鳴り、前田の胸部を両手で強く数回突いた。ここで、山下が前田と交替し、「喧嘩の申告が入つている。飲んで喧嘩したら酒がまずくなるで。」「まあ、落ち着いて座りや。」などと原告を諭したが、原告は、酒の臭いを強くさせ、目は充血し、顔面蒼白で、足はふらついているという状態であり、「なんじゃ、パカヤロー、お前らに用はない、出て行け。」「パカヤロー、誰が呼んだんや、お前ら何しに来たんや。」「パカヤロー、帰らんか。」などと大声で怒鳴り、山下の胸部を突いたり、足を蹴つたりした。

一方、前田は、前記の客から事情聴取すると、「こいつは酒癖が悪いんや。ここに居た客に絡んでいたから、俺が間に入つたら、俺にも絡んできたんや。」と申し立て、また、嘉鈍の女将である大山政子も、「この人初めてのお客ですけど、酒に酔つて、他の客に絡みますねん。」と申し立てたので、原告が酔つぱらつて、同店に居合わせた客に絡み、さらに、仲裁に入つた前記の客と口論になり、大声で言い争つていたことが判明した。そこで、山下は、原告に対し、「皆、機嫌よう飲んでるから、金払つて帰ろうや。」などと説得したが、原告は、ふらつきながら立ち上がり、「パカヤロー、いらんと言うとる、お前ら帰らんか。」と大声で喚きながら、山下の胸部を小突いたり、両腕を振り回して暴れたりした。そのため、山下は、同日午後八時一〇分ころ、「暴れて怪我したら大変やで、保護するから交番へ行こう。」と告げて、原告を交番まで同行した。

(二) 上本町派出所における状況

今村らは、原告に対し、「だいぶ酔つてるみたいやから、家の人か友達に連絡して、ここへ来てもらつて帰るか。」「ここで暴れてもしようがないやないか、一寸落ち着きや。」などと説得したが、原告は、「パカヤロー、何で逮捕するんや、逮捕できるんか。」などと喚き散らし、ふらついて立ち上がりながら、机を素手で激しく叩いたり、今村らの顎を右手で小突いたり、空手チョップの真似をしたりするばかりであつて、到底一人で家に帰れるような状況ではなかつた。なお、今村らは、原告の家族等の関係者に連絡を取るために、所轄の八尾警察署に照会したところ、原告は独身者であつて、適当な引取人は見当たらなかつた。

また、保護の必要上、所持品検査を行つた際、上着の内ポケットに入つていたメガネを原告の面前でビニール袋に入れたにもかかわらず、突然、原告が「俺の大事なメガネがない。」と大声を出したので、今村が、「今、目の前で袋の中に入れたやろ。」と言うと、大声で「あつた、あつた。パカヤロー」と言つた。

原告を天王寺警察署へ連れて行くために、パトカーに乗せようとしたときにも、原告は、「逮捕するんか、何で逮捕するんや。」と喚いて乗車を拒むので、山下が、「逮捕と違う、保護やから本署で酔い醒まして帰り。」と説得し、原告の肩と尻部分をゆつくりと押して乗車させようとすると、「男の大事なものを触るな。」と大声で喚いて、山下の右足向脛を一回足蹴りし、天王寺警察署に到着するまでの間も、「パカヤロー、本部へ行け。」「パカヤロー、お前ら覚えとれ。」「パカヤロー、逮捕できるんか。」などと終始大声で喚き、暴れようとするので、前田らが抑止しなければならない状態であつた。

(三) 天王寺警察署における状況

天王寺警察署に到着しても、原告は、足元がふらついていたために、山下及び前田が原告の両腕を支えて、同署一階の受付カウンター前の長椅子に座らせなければならなかつたが、それでもなお、「堺南のネコババや西成事件を知つているか。」と大声で喚いていた。そして、山下が原告の右腕を支え、前田がビニール袋を持つて原告の左腕を支えて二階に連れて行こうとすると、原告は、二階踊り場で急に、「逮捕するんか。」と大声を上げて一階方向に反転したため、山下が、咄嗟に原告の背後から腰に抱きついて抑止すると、「何で逮捕するんや、離せ、離せ。」と喚き、右足の踵で山下の右足向脛を二、三回強く蹴つて暴れた。

原告は、保護室に入つた後も、足元のふらついた状態であり、大輪が、「逮捕勾留とは違うがな、泥酔者として保護するんや。持ち物は、ここで預かるから。」などと言い、保管金品の確認を求めても、その確認をすることもなく、「何で逮捕するんや、何でや。」などと繰り返し喚きながら、原告の両脇を抱えていた山下及び前田の手を振りほどこうともがいているのみであつた。そこで、大輪は、保管金品の確認は無理であると判断し、山下及び前田に両脇を抱えてもらつたままの状態で保護室前に連れて行つたが、なおも、「何で逮捕するんや、何でや。」と大声を出すので、再度、「きみは逮捕されたんとは違うんや。酔いが醒めるまで保護するんやから、ここで静かに横になつて寝なさい。」と言うと、「あんたら、市の職員か。」と言いながら、大輪及び山下並びに前田に代わつて原告の両腕を抱えていた斉部巡査(以下、「斉部」という。)並びに金馬巡査(以下、「金馬」という。)に握手を求めてきたので、握り返すと、漸く静かになつた。その際、原告は、自力で立つていられない状態であつたので、斉部及び金馬が原告を少し持ち上げるようにして保護室に入室させると、へたりこむようにして座り、「何か飲ませてくれ。」と言うので、斉部がお茶を手渡すと、それを飲み、毛布の上に横になつた。

2  そこで、検討するに、法三条一項一号にいう「でい酔」とは、医学的な意味での「でい酔」とは異なり、社会通念上深酔いした状態と認められ、正常な判断能力、意思能力を欠く程度に酔つた状態であれば足りると解されるところ、前記認定の事実に照らせば、原告は、保護開始当時、「でい酔」していたものであり、同条一項一号の「でい酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす虞のある者」に該当する状態にあつたと認めるのが相当である。

ところで、原告は、一三日は、原告にとつては、飲酒量が少なく、微酔いの程度にも達していなかつたと主張するので検討する。

確かに、《証拠略》によれば、原告は、同日午後六時三〇分ころから約四〇分の間に、近鉄上本町駅の「上六ハイハイタウン」商店街地下一階の居酒屋「五十鈴南店」において、ビール大瓶一本、清酒一合半を飲んだこと、同日午後七時三〇分ころから午後八時ころまでに、嘉鈍において、二合入りの清酒(正確には、一合半位しか入つていない。)を注文し飲んでいたこと、山下及び前田が嘉鈍に到着したころには、原告が座つていたと思われるカウンターの辺りには、通称二合徳利が一本倒れていたこと、原告の日頃の飲酒量は、ビール大瓶一本、清酒三合程度を適量としていたことが認められ、飲酒時間は約一時間半であり、その間に店を移動していることからすれば、原告が、同日、日頃の飲酒量を大幅に超過して飲酒していたとは認められない。しかし、飲酒による影響度には個人差があるので飲酒量だけから酒酔いの程度を速断することはできないこと及び前記証拠により認められる原告の言動を勘案すれば、前記認定判断を左右することはできない。

二  争点2について(原告の主張2ないし5)

1  嘉鈍から保護室入室に至るまでの状況について

《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(一) 原告を嘉鈍から上本町派出所に同行するに際しては、原告が足元のふらつく状態であり、両手を振り回して暴れるので、山下が、原告の背後から両脇に手を入れて前に回し、原告の二の腕辺りに手を置いて、お腹で前の方に押すようにして同行した。上本町派出所で原告の所持品検査をした際には、今村が、「服の中も見せてや。」と言つて、原告の着衣の上から触るようにして調べた。パトカーに原告を乗せる際には、原告の足元がふらついていたので、山下が原告の右腕を脇から手を入れて、腕を組むような形で支え、左腕を前田が同様にして支えた。

(二) 天王寺警察署でパトカーから降りる際には、山下が、原告の左の二の腕付近を二、三回引いて原告を降ろそうとしたが、原告が降りるのを嫌がり、助手席にしがみついて、「本部へ行け。」などと言うので、助手席に座つていた蓮沼巡査部長が、原告の手を持つて、「逮捕と違うがな、保護やがな、なあ降りようや。」と言うと、原告は、「保護か。」と言つて、ぱつと降りてきた。天王寺警察署の二階の階段踊り場付近で原告が反転した際には、山下が、原告の背後から両脇に手を入れ、腰のベルト辺りに手を回し、お腹で押すようにして保護室に同行し、原告を入室させた。

2  保護室入室から保護の解除に至るまでの状況について

《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(一) 一三日午後九時一〇分ころ、大輪が保護室内の様子を見ると、原告は、上着、ズボンを脱いで、身体を海老の様に折り曲げるようにして眠つていた。翌一四日午前一時三〇分ころ、原告が扉を叩いて、「おーい、おーい。」と叫んだので、大輪が保護室内を覗いたが、原告は、同様な姿勢で眠つていて異常はなかつた。大輪は、同日午前七時四五分ころ、原告に朝食とお茶を支給するために、保護室の扉を開けたところ、原告は「何でこんな所に入れるんや。」と喰つてかかり、食事を勧めても、「何で俺を逮捕、勾留するのか、顔を洗わせろ。」などと大声で喚くばかりであつたので、食事を引き上げた。

(二) 大石健巡査部長(以下、「大石」という。)は、前日の当直責任者である上村防犯課長から、「まだ酔いが醒めていないので、当直引継となるが、酔いが醒めしだい解除するように。」との指示を受けていたので、同日午前一〇時四〇分ころ、原告の様子を見るために保護室に行き、保護室の扉を開けて原告の様子を見たが、原告は毛布をかぶつて横になつており、大石が声をかけても、「俺は酔うてへん、何や。」などと言うのみであつたので、大石は、原告の保護を解除することなく、小梅巡査(以下、「小梅」という。)に引き継いだ。小梅の相勤務者であつた道祖浩巡査部長(以下、「道祖」という。)は、同日午前一一時一〇分ころ、保護室の出入口扉にある覗き穴(直径約五センチメートル)から保護室内の原告の動静を見たところ、原告は横になつたままであつた。小梅と道祖は、同日午後〇時一五分ころ、原告に昼食を支給するために保護室の扉を開けると、原告は座つたまま、「こんなもん、食べられるか、いらん。」と言つて、食事にも手をつけないので、暫くして昼食を引き上げた。

道祖は、同日午後〇時五〇分ころと午後一時二〇分ころにも、前記覗き穴から保護室内の原告の様子を見たが、同人は、毛布の上に横になつたままであつた。

(三) 道祖は、同日午後二時ころ、原告から、「便所をしたい。」との申し出を受けたので、小便であると思い、保護室内にある便器兼用の排水口を使用するよう伝えたが、約一〇分後に保護室内の様子を見たところ、小便ではなく、排水口付近に脱糞があることを認めた。そこで、道祖が、原告に対し、保護室内の排泄物の処理を、古新聞、ナイロン袋などを渡して依頼すると、素直にこれに応じてこれを処理していた。道祖は、その処理の終わるのを待つて、小梅をして、当直責任者である西交通課長に対し、原告の酔いが醒めた旨の報告をさせ、同日午後二時一五分ころ、大石から指示を受けて、原告に保護を解除する旨を伝えた後、保管金品の返還手続を行い、同日午後二時二七分ころ、保護を解除した。

3  そこで、前記認定事実をもとに、警察官による暴行及び不当処遇の有無について検討する。

ところで、法三条一項一号の保護は、「精神錯乱又はでい酔のため」、正常な判断能力、意思能力を欠き、いわゆる自傷他害の虞のある者に対し、本人の意思を問題とすることなく、強制的にでもこれを保護し、もつて、個人の生命、身体の保護を図ろうとするものであるから、警察官は、右保護の目的を達するに必要な限度においては有形力を行使し、必要な保護の措置をとることもできると解すべきであるが、必要な限度を越えた有形力の行使及び保護の措置は許されないというべきである。

これを本件についてみるに、嘉鈍から保護室入室に至るまでの警察官の行為は、前記認定のような状況のもとに「でい酔」していた原告を保護するためには必要な限度の有形力の行使であると認められるし、また、保護室に入室させたことも必要な保護の措置であると認められる(ただし、保護室入室後から保護の解除までの間、保護の必要性が継続していたか否かの点は、後記争点3で検討する。)

原告は、警察官から両手を後ろ手に捻り挙げられたり、足で突き飛ばされたり、膝で急所を蹴られたり、ネクタイを強く引つ張られて二つに引き裂かれたりなどの暴行を受け、また、保護室内では食事も与えられず、屈辱的な排便を余儀なくされるなどの不当な措置をされた旨の主張をするので検討する。

原告がその主張する暴行を警察官に受けたとし、それに沿う供述をしているが、これを認めさせる客観的証拠はない。もつとも、《証拠略》によれば、原告が所持するネクタイが二つに切れている事実が認められるが、着用していたネクタイが引き裂かれるほど強く警察官に引つ張られたとすれば、原告は、当時、首の痛みを訴えるなり、首に擦過傷など何らかの痕跡が残つていることが当然考えられるのに、原告に、そのような事実があつたとの証拠はない。したがつて、ネクタイが切れている事実をもつて、原告主張の暴行があつたことを推認することはできない。また、原告は、外傷性背部腰部両上肢疼痛及び右肘部擦過傷により加療約一週間を要するとの診断書(甲第一号証)を提出しているが、その作成日は一七日であるところ右甲第一号証によれば、右の疼痛に他覚所見はなく、原告は、平成二年四月一九日から腰痛症のために貼付剤の投薬を受けていた事実が認められること及び擦過傷が暴行を受けた二日後に出たとする原告の供述は不自然であることを考慮すれば、右診断書記載の傷害が原告主張の警察官の行為によつて生じたものとは認め難い。

次に、原告は、保護室内で食事も与えられなかつたと主張するが、前記認定のとおり、食事も提供されても原告は文句を言つて食べようとしなかつたのであるから、右主張は、採用することができない。

また、《証拠略》によれば、小便については、保護室内の排水口で用を足してもらうが、大便については、可能な限り、天王寺警察署二階のトイレで用を足してもらうというのが通常の取扱いであることが認められるのであり、この点を考慮するならば、道祖は、大便であるのか小便であるのか、原告は同署二階のトイレに行くことができる状態であつたかを確認することもなく、漫然と保護室内で用を足すように指示したことは、軽率であつたといわざるを得ないが、これをもつて、原告に対し、屈辱的な排便を強制したとまではいうことはできない。

三  争点3について(原告の主張5、被告の主張4)

1  警察官は、法三条一項一号に基づき「でい酔」者の保護をした場合において、本人が「でい酔」状態を脱し、正常な判断能力、意思能力を回復したと認められる場合には、可及的速やかに保護を解除して、その身体の自由の拘束を解くべきであり、もし、右回復があつたにもかかわらず、相当時間内に保護の解除をしない場合には、以後の保護の継続は、必要な限度を越える保護措置として違法性を帯びるものといわなければならない。

これを本件についてみるに、原告は、一三日号証八時一五分ころ上本町派出所に同行され、午後八時三五分ころに保護室に入室したのであるから、特段の事情のない限り、約一二時間位経過した翌一四日午前九時前後ころには酔いは相当程度醒めて、「でい酔」状態を脱するものと考えられるところ、大石が、一四日午前一〇時四〇分ころ、声をかけた際に、毛布をかぶつて横になつていた原告が「俺は酔うてへん、何や。」などと言うのみであつたとして、それ以上に酔いの程度や判断能力の回復具合を確認しようとせず、漫然と保護を継続した点は、その前後の前記認定の原告の言動を考慮しても、問題であるといわざるを得ない。

ところで、《証拠略》及び当裁判所に顕著な事実によれば、原告は、飲酒していない場合であつても粗野な言動や反抗的態度を示すことがあり、当裁判所における法廷においても証人尋問中に裁判長や原告代理人の制止にもかかわらず、証人や被告側代理人に対し、粗野な言辞を述べたり、ぶつぶつと独り言を大きな声でいうところがあることが認められる。

右の点及び前記認定の本件事実関係に照せば、原告は、遅くとも一四日午前九時前後ころには「でい酔」状態を脱し、正常な判断能力、意思能力を回復していたものと考えられるから、当時の保護室の担当警察官は、どんなに遅くとも正午までには保護を解除すべきであつたというべきである。しかるに、右警察官は、原告の粗野な言動や反抗的態度をもつて未だ酔いが醒めていないとの軽率な判断をしたものといわざるを得ない。

したがつて、正午を過ぎて午後二時二七分ころまで保護を継続したことは必要の限度を越えた保護措置であつて、不当に原告の身体の自由を拘束したものとして、違法であるといわなければならない。

2  これに対して、被告は、保護を解除する直前まで、原告は足元がふらついて立ち上がれない状態であり、酒の臭いも強かつたと主張するので検討する。

前記証拠によれば、大輪は、朝食を持つて行つて初めて原告の状態を確認していること、大石は、三〇秒から一分間程度原告と応対していたに過ぎないこと、道祖と小梅が、一四日午後〇時一五分ころ、昼食を支給した際には、原告は、「こんなもん食えるか、いらん。」などと言つていたに過ぎないこと、保護室内には、窓などはなく、覗き穴がある以外は殆ど密閉状態であること、保護室内は換気扇によつて排気されており、空気は出入口から排気口に向かつて流れていることが認められる。また、原告が飲酒していたのは、一三日午後六時ころから午後八時ころまでであり、山下らによつて保護されてから大輪が朝食を支給するために保護室に行くまでに、すでに約一二時間が経過している。

これらの事実に照らすならば、原告の足元がふらついており、一人では立ち上がれない状態であり、覗き窓からさえも強く酒の臭いが感じられたとする被告の主張は不自然であり、これを採用することはできない。

四  争点4について(原告の主張6)

《証拠略》によれば、紛失したと主張するバッチは本件の保護の際に保管されていて、保護の解除に際し原告が返還を受けていることが認められるし、ネクタイ、ブレスレット、カフス釦が破損したとの原告の主張は、この破損が警察官の行為によつて生じたとのことを認めさせる客観的証拠がないから、これらを理由とする原告の損害の主張は採用することができない。

前記認定の事実関係によれば、原告は、必要な限度を越える保護措置の継続によつて、身体の自由を拘束され、これにより精神的苦痛を蒙つたものといえるところ、拘束時間等を考慮すれば、慰謝料としては金五万円をもつて相当と認める。

また、本件事案の内容に鑑みるならば、本件につき、被告に負担させるべき弁護士費用としては、金五万円が相当である。

五  よつて、原告の請求は、被告に対し、金一〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成二年一二月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却する。

(裁判長裁判官 中田昭孝 裁判官 古閑裕二 裁判官 近藤猛司)

《当事者》

原 告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 戸谷茂樹

被 告 大阪府

右代表者大阪府知事 中川和雄

右訴訟代理人弁護士 稲田克巳 同 吉井洋一

右指定代理人 平塚勝康 <ほか二名>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例